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アーサーが教える体のふしぎ

a0002763_21595458.jpgいま、盛んにテレビコマーシャルをやっているので、ご存知の方も多いだろう。
毎週発売される雑誌に人体パーツがついており、人体模型を作りながら、人体の仕組みを学ぶというものである。

武術を研究する上において、人体に対する理解を深めるのは必須である(と思っている)。
特に大東流の稽古を始めてから、骨格標本が欲しいと本気で思っていたので、願ってもない企画である。
児童向けの企画だとは思うが、創刊号が190円ということもあり、僕は思わずとびついてしまった。

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by hotshark | 2007-02-24 22:23 | 本について

武術に準備体操はない

本来、武術に準備体操などあり得ない。
それはそうであろう。
昼夜、場所を問わず、いつ、どこで何があるかわからない「常在戦場」。
その中で常に最高のパフォーマンスを発揮し、当然のこととして生を勝ち取るのが武術である。
常に臨戦態勢、常に準備万端、それがごく当たり前のことなのである。

毎回、合気道の稽古の最初に必ずやる体操。
それを僕は今まで「準備体操」と呼んでいたが、それは大きな間違いであった。
そのことに、最近やっと気付いた。

あれはいわゆる「体操」であり、“準備”のためにやっているのではないのである。
文字通り、身体を操る稽古なのである。
武術に適した身体を練りあげるための、鍛錬なのである。
そういえば、先生は“準備”体操とはおっしゃらず、体操と呼んでおられる。

体操のひとつひとつの動きの中に、深い意味と教えがある。
それは、受動的に教えられて学べるものではなく、自分で求め、自分で気付く以外に無い。
気付きは一度だけでなく、回数を重ねるごとに新たな発見があり、深みを増す。
壁を越えたと思ったら、また新たな壁が立ちふさがる。
その繰り返しである。

気付きは、真剣な取り組みの上に生じるものである。
漫然とやっていては、絶対に起こり得ない。
常にいま、この時を逃すことなく、真剣に対峙したいものである。
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by hotshark | 2007-02-24 01:54 | 武道について

Ferrari 456M GT

a0002763_232865.jpg昼飯を我慢してでも買いたいFerrari Minicar collection Ⅲ。
事故(不運にも同一車種が出ること)を避けるため、コンビニであれこれ箱を持って比べる姿はきっとみっともないだろうなと思いつつ。
重さを頼りに吟味し、F50 GTを狙ったのだが、はずれた。
(以前、食玩の箱を振って中身を当てる人をテレビで見て驚いた。人間の感覚って凄い)
この456Mはフェラーリらしくなくて、あまり好きなクルマではない。
でも、きれいなブルーメタリックのボディがそれなりに嬉しい。
前後に付いた“跳ね馬”エンブレムが再現されているディテールが素晴らしい。
a0002763_232411.jpga0002763_232545.jpga0002763_2331046.jpg
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by hotshark | 2007-02-21 23:03 | クルマについて

Ferrari 250 GTO

a0002763_22295551.jpgサークルKサンクスにて限定発売されたKYOSHO Ferrari Minicar collection Ⅲ
今日、近所のサンクスで見つけ、さっそく一台購入。
いきなりいちばん欲しかった車種「250GTO」が出て、たいへん嬉しい。

a0002763_209359.jpgこのような箱に入って、コンビニの店頭に並んでいる。⇒
いつものことながら、買いたい心をくすぐるデザインである。
ブラインドボックスといって、中にどの車種が入っているかはわからない。
非常に微妙であるが、箱の重さがわずかに異なるので、それを頼りに欲しい車種を狙う。
ちなみに同じ車種が複数回出た場合「事故った」という。
カラーが異なればまだ救われるが、同一車種の同一カラーが出てしまったら、それは大事故である。

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by hotshark | 2007-02-17 22:32 | クルマについて

本日の稽古日記 2月11日

枚方合気道同好会の稽古。
本日は、準備体操を担当されているHさんがお休みだったため、僕が代理でやらせていただいた。

以前にも書いたことがあるが、枚方合気道の準備体操は単に身体をほぐすためにやっているのではない。
体操の動きの中に、武術に適した身体を作るための重要な鍛錬が多数含まれている。
ひとつひとつの体操の意味をよく理解し、正確に行ない、自分の身体と対話しながら自分のものにしていくことにより、いずれそれが技に生きてくる。
当たり前のことながら、準備体操の段階からすでに稽古は始まっているのである。
だから、準備体操だと侮ることなく、きちんと丁寧に真面目に取り組んでいただきたいと思う。

それにしても、前で皆さんの体操の動きを拝見していると、その方がどのような心構えで稽古に臨んでおられるのかが、たいへんによくわかる。
たかが準備体操だとお考えなのか、漫然と動きだけを真似ておられる方、あるいは我流を押し通しておられる方は、きっと稽古についてもそのような取り組みをなさっているのだと思う。
また、ほとんど毎回のように、準備体操の途中で道場に入ってこられる方もおられる。
その方たちは合気道の形を真似ているだけであり、残念ながらいつまでたっても本当の意味での上達はしないであろうと思う。
逆に、準備体操の段階から真剣さが感じられる方、いろいろ工夫や試行錯誤をされている方は、やはり上達も早い。
もちろん、上達するしないは本人の自由であるし、上達しないことが悪いとも思わない。
それに、合気道に何を求めるかは人それぞれである。
それらは、指導する立場の者がとやかく言うべきことではないので、先生も何もおっしゃらないし、僕も言わない。

どれだけ準備体操の段階から真剣に稽古に臨んでいるか、それを知るひとつの目安が、姿勢と発声だと僕は考えている。

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by hotshark | 2007-02-12 17:57 | 合気道稽古日記

大東流合気柔術の稽古を再開した

先月から、大東流合気柔術の稽古を再開した。

一説によると、大東流合気柔術とは、戦国時代(1100年頃)に源 義光が源氏家に伝わっていた秘術をもとに研究を重ね、その基礎を編み出したと伝えられている武術である。
大東流は甲斐の武田家や、会津の武田家に伝承されながらも、長い間秘伝の術とされてきた。
しかし、明治から昭和の初期にかけて、中興の祖と呼ばれる武田惣角師が日本全国をわたり歩き、多くの人に広めた。
合気道開祖である植芝盛平翁も武田惣角師より大東流合気柔術を学び、大きな影響を受けたとされている。
(大東流の伝来には諸説があり、上記はあくまでも一説である)

合気道と大東流は別の武道であると認識しつつも、大東流には以前より強い興味をもっていた。
昨年、縁あって3ヶ月足らず、ある先生から大東流のご指導をいただいた。
事情によりその先生の指導を受けれなくなったのだが、その先生からある道場をご紹介いただき、先月体験稽古に参加させていただいた。
すぐに入会を決め、以来、週二回以上を目標に稽古に通っている。

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by hotshark | 2007-02-10 10:45 | 合気道稽古日記

「脱力」の極意はすべてに通ず

a0002763_484324.jpg「脱力」の極意はすべてに通ず―練気柔真法 闘技を超える武の真髄
・著者:島田明徳
・1996年6月20日 第1刷発行
・発行所:BABジャパン出版局

別の本を探しに本屋へ行ったときに見つけた本。
本との出会いは、こういう場合が多い。

著者の島田明徳さんは、あらゆる武術や格闘技を経験し、究めようとされた。
その中から武術を稽古する本当の意味を見出し、新たに「練気柔真法」なる心身調整メソッドを開発された。

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by hotshark | 2007-02-04 04:02 | 本について