カテゴリ:回顧録( 8 )

懐かしい1枚の写真/ガレージ

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マニア垂涎もののブリキ製ヴィンテージカーが並ぶ、このガレージ。
これは、私が幼い頃に、父が本棚を改造して作ってくれたものである。

物心ついたときから、私はなぜか車が大好きであった。
それを示す、懐かしい1枚の写真。
おそらく、私が2~3歳の頃のものだと思う。

この頃の私は、買い与えられた外車の本に載っている車種をすべて記憶していたそうである。
そして、その車のごく一部、たとえばバンパーやホイールを見ただけで、その車種名を答えたという。
周囲の大人たちは「この子は神童に違いない」と期待したそうだが、見事に外れた・・・


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by hotshark | 2010-04-20 13:34 | 回顧録

「うつ」になったこと

私は、会社員時代に「うつ」になった経験があります。
ときどき来院者の方にもお話をするのですが、どなたも「ええ~っ、先生がうつ?信じられない!」とおっしゃいます(笑)
もう10年近く前の話であり、今となっては笑って話せますが、当時は本当に深刻でした。

私の症状は、以下のようなものでした。

・常に不安感、焦燥感がある
・無気力、無力感
・集中力の欠如
・眠れない
・食欲がなく、体重が激減した

その他にも、新聞を読んだり、テレビを観ることができなくなりました。
大好きな本も、読めなくなりました。
子供と遊んでも、こんな不甲斐ない父親である自分が情けなく、とても申し訳ない気持ちになってしまいました。
どうしようもない時は、よく風呂場で一人で泣いていました。

そんなつらい毎日が、何年か続きました。
駅のホームに立ち、「このまま線路に飛び込んで電車にひかれたら、ラクになれるだろうなあ」と考えたこともよくありました。
もちろん、家族や同僚は心配をしてくれたのですが、外見上何の異常もないので、理解はできなかったろうと思います。
いつも孤独で、世界中で自分一人だけが取り残されたような気持ちが、どうしても消えませんでした。
そんな自分が情けなく、ますます落ち込むという悪循環・・・

いよいよどうしようもなくなって、勤務先の近所にあった心療内科へ飛び込みました。
自分が病気であることを誰かにわかって欲しい、理解して欲しい・・・そんな思いもあったのだと思います。
検査をした結果「うつですね」とお医者さまに診断された時は、逆にほっとした記憶があります。
「病気だから仕方がない」と、過度に自分を責める必要がなくなったのでしょう。
そして、情けなかったけど、そんな弱い自分を受け入れることができたのだと思います。

それをきっかけに、いろんなことをしながら、私は少しずつ立ち直ることができました。
心に触れることは難しいが、身体になら触れられる。
そして、身体の状態を良くすることが、心の状態を良くするきっかけになる・・・
私の症状など軽いものだったと思いますが、その時の経験が今の仕事にたいへん役に立っています。

いま、心を病む人がたいへん多いです。
我が国の自殺者は相変わらず年間三万人を超えており、ある作家がこの状況を「不可視の内戦」と表現しました。
まさにそのとおりだと思います。
そして、ご先祖様が守り続けてくださったこの素晴らしい国を「不可視の内戦」状態にしていてはならないと思います。

私の夢は、「日本を良い国にする」ということです。
誰もが心身ともに健康で、自分のいのちを精一杯輝かせ、イキイキと生きることができる国にしたい。
本気で、そう思っています。

今の活動のひとつひとつは、その思いの上に立つものです。


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by hotshark | 2009-12-15 14:07 | 回顧録

このままでいいのか?

私が会社員時代にもち続けていた問題意識、それはひとことでいうと「このままでいいのか?」ということです。

ひとつは、自分自身に対してです。
会社の仕事はやりがいがありましたし、誇りももっていました。
勤務先は、社会的に認められた大手の優良企業でしたし、配属や処遇にも不満はありませんでした。
しかし、これが自分の本当にやりたい仕事なのか?一生をかけてやるべき仕事なのか?
会社を定年退職した後に何が残るのか?死ぬ時に、自分はこれをやったと胸を張れるか?
入社以来、ずっとそう問い続けていました。
どこかで自分を誤魔化して生きている、そう感じていました。

次は、企業や社会に対してです。
先進国社会においては、相変わらず、拡大と発展を前提とした経済活動を続けています。
各企業は、他社に負けまいと、次々に新製品や新サービスを世に出します。
その結果として、私たちの生活はより便利になり、快適になります。
しかし、人間の欲望のままに、便利さや快適さ、あるいは新しい刺激を追い求める一方でいいのか?
わずかな違いしかない新商品やサービスを、莫大な時間と労力と費用をかけて開発し、莫大な広告費を使って売り続けていいのか?
一方では環境問題に気付いていながら、大きく矛盾したことをやってはいまいか?
ずっとそう感じ続けていました。

そして、人々の健康に対してです。
みんな、企業の中で一生懸命働いています。
毎日決まった時間に起き、満員電車に揺られて、会社に着いた頃にはクタクタ。
複雑な人間関係や組織の軋轢の中で身も心もすり減らしながら、夜遅くまで必死で働く。
重責やノルマなどで、帰宅しても、休日でも、気が休まらない。
その結果、身体と心を病んでしまう人がとても多い。
私の上司や同僚の中には、病気になって亡くなった方もいました。
私自身、心と身体を大きく病んだ時期もあります。
それでもみんな「生きるためには仕方ない」「家族のためには仕方ない」と歯をくいしばって、働き続けています。
本当にそれでいいのか?
ずっとそう思い続けていました。

思えば約四半世紀、そのような問題意識を感じながら、自分の生きる道を探し続けてきたわけです。
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by hotshark | 2009-10-08 11:02 | 回顧録

BODY AND SOUL

a0002763_1194513.jpg先日投稿した私の仕事遍歴について(2)にて、20代から30代にかけて、非常にたくさんの本を読んだと書きました。

あの頃に読んだ本のいくつかは、その後の私の人生観や仕事観に大きな影響を及ぼしました。
いまそれらを読み返すと、療術家という仕事に就いた"原点"のようなものが感じられます。

そこで、通常の"本について"という記事とは別に、それらの本をご紹介したいと思います。

「BODY AND SOUL」は、ザ・ボディ・ショップの創設者であるアニータ・ロディックさんの著書です。
1992年に刊行された本で、アニータ・ロディックさんがボディ・ショップを立ち上げる軌跡を追いつつ、彼女のビジネス観が熱く綴られてています。

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by hotshark | 2009-07-30 20:48 | 回顧録

私の仕事遍歴について(2)

a0002763_1651424.jpg20代から30代にかけて、非常にたくさんの本を読みました(今も本は大好きですが)。

人間とは?人生とは?自分は何のために生れてきたのか?仕事とは?組織はいかにあるべきか?自分はどう生きるべきか?いま何をすべきか?これからどうすべきか?・・・

日々わきおこっているさまざまな疑問や問いかけに対して、自分なりに納得できる答えを持つために、あがいていたのだと思います。

書店へ行き、気になる本があれば、片っ端から買って読みました。
自己啓発、右脳開発、経営、情報、マーケティング、哲学、組織論、宗教、スピリチュアル・・・読んだ本の種類は雑多です。

いろんな本を読み、人からいろんな話を聞く中で、企業にとって、あるいは仕事をする上でもっとも重要なのは、次の三つであるとの結論を得ました。

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by hotshark | 2009-07-27 20:42 | 回顧録

私の仕事遍歴について(1)

a0002763_19102075.jpg私は、なぜ療術家を志したのか。
なぜ大きなリスクを負ってまで身を転じたのか。
自分自身でいま一度それを確認する意味で、今までの仕事や、その時々に考えていたことを振り返ってみたいと思います。



私は長い間、一部上場の大企業に勤務していました。
勤務していた会社は、社会が認める超優良企業でしたし、仕事にもやりがいを持っていました。
上司や同僚、また得意先や取引先においても素晴らしい方々に出会い、充実した毎日を送っていました。

それでも、若い時から、会社を辞めようとしたことが何度もありました。

会社や処遇に大きな不満があるわけでもないのに、なぜ会社を辞めようとしたのか。
なぜ別の仕事を探そうとしたのか。
それは、常に次のような問いを自分に課し、それに対して明確にこらえられなかったからです。

「この仕事は生涯にわたり、自分が命を賭けて取り組みたい仕事か?」
「この仕事は自分の天職である、世界一の仕事であると言えるか?」


その問いに、胸を張って「Yes!」と言える仕事をずっと探し求め続けていました。

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by hotshark | 2009-07-12 11:02 | 回顧録

むかしを思い出すこと

a0002763_7304254.jpg昨日、久しぶりに自分の部屋と掃除をした。
先日壊れたパソコンは、復旧の見込みがたたないので、とりあえず物置きに放り込むことにした。
おかげで、机が広く使えるようになった。
この機会に、たまりにたまったむかしの写真を整理することに。
精神的にしんどいときは、楽しかった頃のことを思い出すといいと、ある方からアドバイスを受けたこともあり・・・

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by hotshark | 2005-02-13 07:41 | 回顧録

そういえば・・・

a0002763_5205774.jpgKYOKOさんの趣味を読んで思い出したんだけど・・・

僕も、むかしギターをひいていた。

中学生のとき、はじめて安物のクラシックギターを買った。
でも、それほど熱心ではなかった。
高校生のときにフォークギターを買ったが、それも熱心ではなかった。

大学の時に、いわゆる軽音楽部に入り、はじめてバンドを組んだ。
電気ギターを担当した。
かなり練習したが、手先が不器用なせいか、なかなか上達しなかった。

ある日、先輩から次のようなお言葉をいただいた。

「あんな、ええか。楽器はな、スケベにならんと、うまくならへん。特にギターは、“泣き”と“溜め”や。うまなりたかったら、もっと女と遊ばなアカン」

・・・・・。
なんとなく、先輩の言いたいことはわかった。
その言葉を受けて僕が何をしたかは伏せておくが、その言葉を機に、ちょっと僕は変わった。

*写真は、大学時代、7大学共同の音楽祭のステージに立ったときのもの。演歌歌手のような姿だが、演奏していたオリジナル曲も、先輩や友達から「あれは演歌か」と言われた(笑)
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by hotshark | 2004-11-12 05:21 | 回顧録