武和一如

a0002763_176846.jpg「武和一如」・・・武と和は一体である、同じことである。
これは、私が稽古に通う大東流合氣柔術琢磨会 山本道場の理念である。

この理念の通り、現代における武道修行の究極の目的は、「和すること」を体得実践することであると私は考える。
もちろん指導者や修行者によって目指す境地は異なるだろうが・・

一般的にはあまり知られていない「武」の意味を述べてみたい。
「武」の字は、“矛(ほこ)”を“止める”と書く。
つまり「武」には、攻撃を制する、争いを止めるという意味がある。
字義から察するに、また歴史的背景からも、武道とは争わないためにおのれを磨き高め、究める道なのである。

私が修行をしている合気道、大東流ともに、攻撃技はない。
突く、打つ、蹴る、掴む等の相手からの攻撃があって初めて、技が発動され、成り立つ。
技の極意は攻防一如、もしくは防御即攻撃である。
これは合気道や大東流に限らず、古来よりの日本の精神を伝える武道に共通する特徴であろうと思う。

映画「ラストサムライ」をご覧になっただろうか。
あの映画から感じたものは、武士は平和を守るために存在したということである。
穏やかな農村の暮らし、美しい里山の風景など、彼らが守りたかったのは平和である。
また有名な書物である新渡戸稲造著の「武士道」にも、“武人の究極の理想は平和である”という行がある。
私が尊敬する武人である山岡鉄舟は、人並はずれた剣の腕前をもちながら、生涯にただの一人も斬ったことがないという。

かように、武道とは平和のための道なのである。
武道は、私たちの幾多の先人たちが命をかけて育み、守ってきた、日本が世界に誇る文化資産である。
また、武士道とは我々がよって立つべき生き方の規範である。
そして、その基盤にある、すべてを認め、受け入れ、共存するという和の心は、日本人が遺伝子レベルで保有するものである。

欧米主導の競争原理に基づく経済の綻びが目立つ今日この頃、世界的に和の心が求められている。
日本人が本来もつ魂を取り戻し、日本人らしくあることが、世界平和につながると信じている。


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by hotshark | 2010-02-02 14:05 | 整体師日記
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