村松先生へ(6)

a0002763_10313375.jpg先生、おはようございます。
まだ風は冷たいですが、日差しに春らしさを感じる今日この頃です。

先生が初めて私の施術所へ来てくださったのは、昨年の春でしたね。
我が町に到着し、周辺の環境をご覧になり、「この様子じゃ、やっぱりチラシはダメだろうね」と先生はおっしゃいました。
そして、先生は次のようなアドバイスをくださいました。

「イベントをおやりなさい」

「???」


お恥ずかしい話ですが、私は何のことか、よくわかりませんでした。

さて、先生は日本回復整体総合学院をお辞めになったとき、最初に私に声をかけてくださいました。
その理由は、後から聞いたのですが、「いちばんできが悪く、もっとも心配な教え子だったから」だそうですね(笑)。
いや、まったくその通りです。

先生は、私のことを本当に心配してくださっていました。
私が学院を卒業した後も、何度もお電話をいただき、様子を聞いてくださいました。
そのことに、どれだけ救われたことか・・・

しかし、それは私だけではありません。
村松先生は、自分の教え子すべてのことを、常に気にかけておられました。

さて、回復整体の長期コースを修了しただけでは、私は満足に稼ぐことができませんでした。
来院者の痛みや症状を改善させることはできるのですが、経営が伸びないのです。
新規の来院者も、なかなか増えません。
当時の指導者に相談をしても「頑張りが足りない、その証拠に○○先生はどんどん数字を伸ばしている」との答えしか返ってこない。
この苦しい状況には、本当にどうしたものか、心底悩みに悩みました。

私はサラリーマン経験が長く、それも比較的大きな企業に勤務していたため、リスク回避型の思考や行動が身についてしまっていました。
また、企業のマーケティングをやっていたため、個人商店の経営というものがまったくわかっていませんでした。

そんな私が人並みに稼げるようになり、地域の方たちから“先生”と親しまれるようになったのは、ここ数ケ月のことです。
村松先生から直伝を受けるようになって半年ほど経過し、ようやく療術家というものがいかなるものか、肌でわかりかけてきたと思います。
鈍感で、頑固で、歩みののろい私を、先生は本当に辛抱強くご指導くださいました。
何とお礼を申し上げてよいか、わかりません。

さて、イベントの話です。
先生にアドバイスをいただいたものの、なぜそれをやるのか、どうやればいいのか、私はわかりませんでした。
約半年、私はできるだけ先生のそばにいて、先生がやられることを観察しました。
そして、吸収できるものは貪欲に吸収し、時にはそっくり先生の真似をしました。

その結果、ようやく先生が「イベントをやってみなさい」という意味がわかってきたのです。

私が昨年秋に無料施術体験会をやったとき、先生は「ようやく重い腰をあげたね」と喜んでくださいました。
そして今年の1月10日(日)、くらわんか五六市に出店するとお話したとき、先生はニヤッと笑って「やっとわかったか」とおっしゃいました。

その後、このイベントの成果を先生に直接お話しできぬまま、先生は旅立たれました。
ただ、仲間の先生から、村松先生がとても喜んでおられたと聞き、私は泣けてきました(またか・・・)。

私は、まだまだ先生の足元にも及びません。
しかし、この半年で直伝を受けたことはしっかり腑に落とし、身に付けたつもりでおります。
だから、先生のご霊前へ参ったとき「あとは、おまかせください。安心して旅立たれてください」と申し上げました。

技術や知識、施術の腕前は、もちろん大切です。
しかし、それらがよって立つべき“心”が何よりも大切です。
先生はそれを命がけで私たち弟子に伝えられた、私はそう感じております。

現在、村松整体塾を存続すべく、スタッフや全国の門下生が全力をあげています。
ただ、私が先生の教えを守ろうとすればするほど、難しい立場に追われることがわかってきました。
しかし、どのようなかたちになろうとも、所属がどうなろうと、私は先生の教えを引き継ぎ、守り、磨きをかけていきます。
そして、たとえ一人になってもいいから、「整体で日本を変える」という先生の成しえなかった夢を追い続けます。
お約束します。


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by hotshark | 2010-01-29 10:25 | 整体師日記
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