居つかないこと

武道においては、「居つき」を厳しく戒めます。

居つきとは、緊張したり、何かにこだわったり、凝り固まったりして、動きが悪くなっている状態です。
先に述べた「構え」も居つきのひとつです。
その他、相手の攻撃に気をとられたり、敵対心や恐怖心をもつことも居つきになります。

武道においては、何ものにもとらわれない、自由な心と身体を理想とします。
武道修行の究極の目的は、そこにあるといっても過言ではないと私は考えています。



ところで、私の整体の師匠が、最近よく「循環」の話をします。
医学的な循環、エネルギー的な循環、哲学的な循環など、その視点はさまざまですが、循環に着目する重要性を説きます。
詳しくは師匠のブログをお読みいただきたいのですが、人に関わる仕事をする上でそれがいかに大切か、その一端がご理解いただけると思います。

http://blog.dodo-fuji.jp/Entry/36/
http://blog.dodo-fuji.jp/Entry/32/

現代医療の多くは、“居ついている”と私は感じます。

レントゲンにせよ、CTにせよ、MRIにせよ、いずれも静止した状態の人間をとらえているに過ぎません。
血液検査も、尿検査も、心電図も、ある一時期をとらえたものです。

もちろん、それはそれでたいへんに重要な情報なのですが、そこで得られた情報や数値だけにこだわっているのが、居つきだと思うのです。

昨日もある来院者の方が、次のように話されていました。

「お医者さんへ行っても、先生はレントゲンの写真や検査のデータを見るばかりで、ちっとも私を見てくれない。身体に触れもしないし、話もろくに聞いてくれない」

人間は、常に動いています、変化しています。
瞬間瞬間におびただしい情報を受け取り、それに対処しつつ、自らさまざまな想念を起こします。
心があり、血が通い、エネルギー交換を行い、全身すべての器官や細胞が連動したり、相互に影響し合ったりしながら、生きているのです。
現代医療の多くが、その事実に目を向けていないことが、病人が増える一因になっているのではないでしょうか。

さて、今日から師匠の講座が本格的に始まります。
今までに聞けていない話が存分に聞けることと、たいへんに楽しみにしています。
機会があれば、ここでもご紹介していきたいと思います。


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by hotshark | 2009-07-02 08:58 | 整体師日記
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