師匠の命日に想う

a0002763_1522472.jpg本日、1月15日は、私の師匠である村松幸彦先生の命日です。

一年前の夕刻、突然の訃報を聞かされて驚いたのが、つい先日のようです。
その一方で、この一年間、本当にいろんなことがあったので、遠い昔のようでもあります。
時間というものの不確かさ、不思議さを感じます。

村松先生に初めてお会いしたのは、三年前の1月末でした。
なので、途中にブランクはあるものの、ほぼ二年間、村松先生に教えを乞い続けたことになります。

私は、村松先生がおられなければ、きっとこの道には進んでいなかったことでしょう。
もしかしたら、今頃は生きていなかったかもしれません。
それほどまでに、多大な影響を受け、たくさんの教えをいただきました。
何よりも、生きる道を示し、生きる力を与えていただきました。
お導きくださったこと、そして今も導き続けてくださっていること、深く感謝せざるをえません。

昨年の一月、大阪で実践講座がありました。
私は、初日と二日目しか出れなかったのですが、初日の夜、村松先生たちと飲みに行きました。
その時、村松先生とトイレで一緒になりました。
並んで小便をしながら、村松先生が突然このように言いだしました。

「西田先生も、やっと稼げるようになったね。よかったね・・・」

私からは何も言ってないのに、村松先生はそうおっしゃったのです。
しかも、たいへん穏やかな笑みを浮かべながら・・・

私のことを、心底心配し続けてくださったのでしょう。
いや、私のことだけではありません。
村松先生は、常に、すべての教え子のことを気にかけておられました。
自分のことは後回しにして、いつも全力で教え子を支えようとされていました。
その、先生の、人を思う心にうたれたからこそ、私は先生の塾を手伝おうと思いましたし、先生からすべてを学びたいと思いました。

村松先生のやさしい表情を思い出すと、今でも涙がこぼれます。
いま思えば、先生は最後の一年間、まるで憑かれたように、自分のことを犠牲にして、何かをされようとしていました。
ご自身の人生の中でつかんできた、とても大切なことを、少しでも多くの人に伝えたい。
そのために、心を尽くし、言葉を尽くし、あらゆる努力をされていました。
塾を立ち上げ、門下生を集めたのも、生活のためではない。
ましてや、地位や名声のためでもない。
ご自身に与えられた使命をまっとうすべく、自分にできる限りのことをされていたのだと思います。

その嘘偽りのない、まっすぐな気持ちは、たくさんの人に届きました。
だからこそ、わずか半年間で50名を超える門下生が集まってきたのだと思います。

ご縁のあったみなさん、特に門下生には、何としてでも幸せになってもらいたい。
講座においては、身体の底から絞り出すかのように、渾身を込めて、その言葉を発しておられました。
そばにいると、その気持ちが痛いほどわかりました。

「俺はこう思うんだよ。西田先生は、どう思う?」
「こうやりたいんだけどさ、西田先生、やってくんないかなあ」

講座や体験会の時だけでなく、よくそのようなお電話をいただきました。
日によっては、何時間にも及ぶことがありました。
村松先生にも、迷いがあったり、不安があったり、時に孤独を感じてもおられたのでしょう。
また、一人でできることの限界も感じておられたのだと思います。
同じような電話をもらった弟子の先生方は、全国において、他にもたくさんおられることと思います。

私は、技も心も、村松先生の足元にも及びません。
でも、先生の使命は、私の使命でもあると感じています。
なので、ご遺志を引き継ごう、自分のできることを最大限にやろう。
そう思って、日々を過ごしています。
先生の遺された言葉の数々、行動が、今の私の原動力となっています。

「師を越える生き方こそ、恩返しの道」

村松先生は、ご自身のブログにそのように書かれていました。
http://blog.dodo-fuji.jp/Entry/12/
なので、私は、村松先生ができなかったことをやってやろうと思っています。

思うところがあり、昨年の9月に、村松先生の名を冠した塾を辞しました。
夢と希望をもち、村松先生とともにやってきた塾とは、明らかに違う・・・昨年の春頃から、大きな違和感を感じ始めていました。
私のいるべき場所ではない、ここにいては、やるべきことができない。
その思いは、村松先生が書かれている以下のブログ記事の心境に、非常によく似ています。
http://blog.dodo-fuji.jp/Entry/11/

人から乞われたこともあり、塾を辞したその直後に、独自に整体法講座を開始しました。
自分なりに、自分が本当に大切だと思うことを伝えたい、そう思いました。
少しずつではありますが、共感してくださる仲間が、全国から集まってきてくださっています。
かつて村松先生に学んだ仲間たちも、同じような動きをしていると聞いています。
これも、先生のお導きによるものと、私は思います。

かといって、私は組織は作りません。
上にも立ちません。
組織や上下関係をつくるとロクなことにならないことを、身にしみてわかったからです。
もう、コリゴリです。

教えることを専門にもしません。
現役の一整体師として、一職人として、生涯にわたり、技と心を磨き続けます。
そして、同じ想いと志をもつ先生方と対等に、ゆるやかにつながっていきたいと思っています。

「縛らない、押しつけない」

それが、師匠が固守した信条だったと私は思います。
なぜそうされたのか、その理由が、今の私にはよくわかります。
自律し、自立することこそが、誇りある整体師としての本懐であるし、何者にも依存をしたり、させたりしては、断じてならないからです。
また、組織を守ることに腐心すると、大切なことがおろそかになるからです。

本当に大切なことを私たちに伝えてくださった師匠に、心よりの敬意と感謝の意を込めて、遠く大阪より手を合わせます。
師匠の魂が安らかでありますよう、ご縁のあったみなさまが幸せでありますように。

合掌。


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by hotshark | 2011-01-15 15:26 | 整体師日記
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